花と雪

マイ・ショートストーリー。短編小説やおとぎ話たち。

真夜中の冷蔵庫



人は生まれてからいったい、何人の人と別れるんだろう。
ふと、そんなことを考えてみたりしたけど、すぐやめた。

そんなことより、いつもよく行く居酒屋さんで今日も食べて来た「カリカリふわふわ唐揚げ」という名前の唐揚げ。
その唐揚げの作り方の方が今の私には、はるかに興味があった。

あのカリカリなのにふわふわな衣には絶対に何か特別な作り方があって、それは単に片栗粉だけで作っていないことは確かで、卵白を混ぜているとか、小麦粉もしくは強力粉?
なんてことをあれこれ想像してみたりしたけど、何度作ってもあの居酒屋の「カリカリふわふわ唐揚げ」と同じような唐揚げはいまだに作れない。残念なことながら。
そう、私は意外と無力だ。まったく、そうだ。
 
一週間前。付き合っていた彼氏から突然、戦力外通告を受けた。
つまりふられてしまった今の私にはあらゆる気力が失われたままだった。
なんで私じゃだめだったんだろ。私の何がいけなかったんだろ。私の何が足りなかったんだろ。
日中は仕事をしてるからなんとか気を紛らわすことができるけど、夜になればそんなことばかりを考えてしまって、苦しくなる。

そんなことより、明日の朝ごはんは何を食べようかと真夜中に冷蔵庫の扉を開けてみた。
納豆は食べたくないな。卵はあるけど目玉焼きを作るのも面倒だし、ウインナーは残り一本ってどういうこと?一本で何をどう作れって言うの?

冷蔵庫の中に向ってそんな独り言を呟いた。

真夜中のキッチンは好き。時折、か弱いモーター音を奏でる冷蔵庫の扉を開けて、オレンジ色の明かりに頭を突っ込んむそのひとときは、孤独だけど幸福だと思う。

明日は何を食べよう。冷蔵庫の中にはそんな希望が存在するから。

それにしても、どうしていつも冷蔵庫のポケットの部分には賞味期限が切れたドレッシングが入っているのだろう。
半分以上も残ったままのドレッシング。
賞味期限が切れているのになぜか捨てられない。捨てたくない。いや、捨てるタイミングを忘れてしまってるだけ?
私はそのドレッシングを捨てることができずに、いつまでもそれを冷蔵庫の中であたためている。
だって、捨てられないんだもん。賞味期限が切れてたって捨てられない。
好きだから。好きだったから。

真夜中の冷蔵庫。そこには孤独と希望が存在する。
オレンジ色の明かりは時間を止める。そして時には時間を巻き戻してくれるようなそんなありえないことまでも期待させてくれる。腐らないように、冷たく大切に、あたためてくれるんでしょ?
この酔って熱くなった頭の中にある記憶も、大切に時間を止めてくれるんでしょ?

そんなことを呟いても、何も返事は返って来ない。

まるで一緒だと思った。
戦力外通告。別れのその理由をたずねても教えてくれなかったあの人と同じだ。
 
私は賞味期限の切れたドレッシングを見つめて冷蔵庫の扉をそっと閉じ、あの居酒屋の「カリカリふわふわ唐揚げ」の衣の作り方について再び考え始めた。

卵白を使ってるのか、小麦粉なのか、片栗粉なのか?
やっぱりそれも考えてもわからないから、別のことを考えることにした。

人は生まれてからいったい、何人の人と出会うんだろう。

別れの数ではなく、出会いの数を数えてみた。

なんだか、幸せな気持ちになった。